大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6920号 判決

原告

株式会社大秀

右代表者

新居正一

右訴訟代理人

弘中徹

外一名

被告

株式会社読売新聞社

右代表者

務台光雄

右訴訟代理人

田辺恒貞

外二名

主文

被告は原告に対し金二五〇万円及びこれに対する昭和五〇年九月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は原告において金五〇万円の担保を供するときは第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年九月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は「読売新聞」社会面広告欄に別紙記載(一)の謝罪広告を別紙記載(二)の条件で一回掲載せよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに第一項につき仮執行宣言。

(被告)

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

第二 当事者の主張〈以下―省略〉

理由

一原告が靴の中敷の製造販売を業とする会社であること、被告が日刊紙「読売新聞」を発行する新聞社であること、被告が昭和五〇年七月一七日付、「読売新聞」朝刊の神奈川版に七段ぬきで「これで水虫『ナオール』」との表題をつけたうえ、「香料やノリなどを使つただけのクツの中敷に薬品のような表示をして大量に製造販売していた製造メーカー、販売代理店とその社長、販売課長ら二法人四人が県警環境課と横浜旭署に薬事法違反の疑いで摘発され、近く書類送検される。」等の内容の記事を掲載して原告会社が製造する靴の中敷「ナオール」(本件商品)について報道したことについては、当事者間に争いがない。

二原告は、本件記事は事実と相違して本件商品が香料やノリだけを使つたまやかし製品であるとの印象を一般読者に与える報道であると主張するので、まず本件記事の内容について検討するに、〈証拠〉によれば、本件記事は、「これで水虫『ナオール』」「無許可で薬事宣伝」「クツ中敷きメーカー摘発」なる見出しのもとに、前記一のような記述のほか、「「足の不快はただ今から解決、水虫が消えます」とのキヤツチフレーズで香料やノリなどを使つただけのクツの中敷きに薬品のような表示をして云々」の記述、更に「クツの中敷きに七種類の香料やノリをしみ込ませ「足の指裏が乾燥し、かゆみがとれ、新しい皮膚に生まれ変わり効果はバツグン」といつた内容の表示で売り込みを計画云々」といつた記述を附して、原告及びその代表者らが摘発され、近く書類送検される旨を報じた内容のものであることが認められ、右記事内容からするならば、本件記事を読んだ一般読者に対し、原告らが本件商品を製造販売したことが、医薬品製造の許可を受けないで医薬品を製造したものとして薬事法違反により近く書類送検されるということだけにとどまらず、本件商品が香料とノリだけを用いて製造され、水虫等の治療に対して全く効能を欠いたいわゆるまやかし商品であり、原告が右のようなまやかし商品を製造販売している会社であるかのような印象を一般に抱かせるものであつて、原告の社会的評価ないし営業上の信用を著しく低下させるものと認めざるを得ない。

三原告は、本件記事が虚偽の報道であると主張し、これに対し被告は、未だ公訴を提起されていない人の犯罪事実につき、公の利害に関するものと認めて、もつぱら公益を図る目的で本件記事を報道したものであり、本件記事はそのすべてまたはその本質的部分において事実であると主張するので、本件記事の内容の真否について検討する。

1  〈証拠〉によれば、本件記事中「原告らが、医薬品製造の許可を受けずに医薬品のような表示をした本件商品を製造販売したことについて、薬事法違反の疑いで摘発され、近く書類送検される」旨の事実報道部分は真実に合致しているものと認められる。

2  しかし、〈証拠〉によれば、本件商品は、訴外加藤淳一、同加藤雄二の両名が発明し、昭和四三年一月三一日特許を受けた「水虫を治療する靴の敷革の製造方法」(特許第五〇九九五七号)の製法に基づき製造された原液を、原告が右加藤らの主宰する訴外加藤化学研究所から継続的に買受け、これを靴の中敷に染み込ませて製造したものであること、その具体的製法は、オルトヂクロールベンツオールにパラヂクロールベンツオール、リルピン酸、ビニールアセテートを溶解混合しアラビアゴム末を加えて攪拌したものに、乳剤用の水にヘキサメチレンテトラミンを溶かし、ベンザルコニウムクロライドを加えたものを混入して研和練合し揮発油乳剤を造り、フオルマリン及び希釈水を加えたものの中に敷革を浸漬して加圧したものを搾汁し、赤外線乾燥機中に表面乾燥する程度で取出し、乾燥用ローラー中を通過せしめる方法によること、そのため本件商品は殺菌作用を有し、水虫治療にその程度はともかくとして効果のあることが認められる。

従つて本件記事中、本件商品が香料やノリなどを使つただけの、水虫等の治療に全く効果のない中敷であるとの印象を抱かせる記述部分は真実に相違するものと言わなければならない。

3  そして、本件記事報道の目的が前記薬事法違反被疑事件の摘発、書類送検という刑事事件の報道にあることは本件記事の内容自体からも十分看取し得るところではあるが、右薬事法違反と目される事実が医薬品の無許可製造という事実であつて、本件商品が医薬品としての効能を有するかどうかとは直接係りがなく、捜査が右の点にまでも及んでいたと認めるに足りる証拠はないから、本件記事が、本件商品が医薬品としての効能を有しないかのような記述にまで及んでいる点は、右薬事法違反被疑事件の客観的報道という見地からすれば、言わば無用の、しかも誤つた記述というべきであるとともに、右記述部分の誤りは本件記事につけられた見出し及び記事全体との関係からして決して薬事法違反被疑事件の報道中の些細な誤りとして看過しうるほど小さな誤りではなく、本件記事の目的が薬事法違反被疑事件の報道にあるからといつて、これがために右の誤つた報道に関する違法性が阻却されるものとは到底認め難い。

従つて、本件記事中原告らに対する前記薬事法違反被疑事件の捜査が進行中で近く書類送検の見込みであるとの事実報道の部分は、真実性の証明があつたものとして違法性がないというべきであるが、本件商品が水虫等の治療に対して全く効能を欠いたいわゆるまやかし商品であるとの誤つた印象を抱かせる記述部分は、真実であることの証明がなく、違法であるというほかはない。

四1  本件記事が被告の被用者である訴外浜野満洋記者によつて取材され、同じく被告の被用者である編集者によつて編集され、被告会社の代表者である訴外務台光雄の発行権限に基づき「読売新聞」に掲載して発行されたものであることは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、被告新聞横浜支局の記者である訴外浜野満洋は、昭和五〇年六月末頃神奈川県旭警察署において取材中、同署の防犯課が中心となり県警の環境課と協力して原告らに本件商品の製造販売につき薬事法違反の容疑があるとして捜査中であることを察知し、取材活動を続けるうち、たまたま同署防犯課の担当者の机の上に開いたままにしてあつた右事件に関する何者かの警察官に対する供述調書の一部を読み、その中に「詳しいことは分らないが、使つてあるものは弁当の手ふきなどに用いてあるものとかカラーノリ、それに香料、その他です云々」という趣旨の供述が記載されてあつたところから、右調書を原告会社代表者新居正一の供述調書であると推測するとともに、右のような調書の内容と同署防犯課刑事からの聞きこみの結果を総合して、本件商品はノリや香料などを使つただけの、水虫の治療には何らの効能のないものであると判断したこと、そこで同記者は、同年七月一六日これら一連の取材の結果を本件記事の原稿としてまとめ、横浜支局を通じて被告本社に送稿し、これに本社整理部の神奈川版担当者が前述のような見出しをつけて、翌一七日付「読売新聞」朝刊神奈川版に掲載して報道したこと、同記者は、本件記事作成については前述のような警察における取材結果のみに依拠し、本件商品の製法や効能について格別の裏付け調査をしなかつたこと、以上の事実が認められる。

3  ところで、新聞報道は、広く社会に生起する諸々の社会事象の中から当該報道機関においてその読者に報道する価値があると考えるものについて取材活動を通じて資料を収集し、事実を正確に読者に提供することを主旨とするものではあるが、他方報道の迅速性も要請されるところであり、生成流動する複雑な社会事象を限られた時間内で取材し報道するについては、取材対象や取材方法等に自ら制約があるため、正確性がある程度犠牲になる事態が生じることもやむを得ない面がないとはいえないであろう。

しかし、今日の社会において新聞特に一流紙の影響力は絶大なものがあり、ひとたび新聞に事実が報道されるや、その事実は真実のものとして一般読者に受け取られて流布されるに至り、場合によつては取り返しのつかない結果が発生するおそれのあることも否定し難いところであるから、いやしくも人の名誉、信用を毀損するおそれのある事項に関しては、それが公共の利害に関する事実に係り、もつぱら公益を図る目的で報道しようとする場合であつても、慎重な取材が要求され、迅速性を多少犠牲にしても、正確性を最大限尊重すべく、かりそめにも誤つた報道によつて人の名誉、信用を不当に毀損しないよう注意すべき義務があるというべきである。

4  そこで本件についてみるに、さきに見たように、本件商品の効能に関する記述は原告らに対する薬事法違反被疑事件の捜査過程の客観的報道の見地からすれば言わば無用のしかも誤つた記述であり、このような記述を付加することにより、原告らが本件商品を製造販売したことが、医薬品の無許可製造という薬事法違反にとどまらず、詐欺的行為として印象づけられるに至り、原告に対し単に薬事法違反の事実が報道された場合とは比較にならないほどの大きな打撃を与える結果になることは容易に予想できるところであるから、取材にあたる記者としては、直接原告の代表者または担当責任者に接触してその言い分を聞き、あるいはさらに特許権者である訴外加藤淳一らに本件商品の製法、成分、効能等を確認するなどの慎重な取材をするべきであるのに、前記浜野記者は、供述者の氏名さえ判然としない警察官に対する供述調書の一部の記載を最大の根拠として、右のような慎重な取材方法をとらないまま、本件商品を香料とノリなどをしみこませただけの、水虫の治療には何らの効能のない中敷であると断定して本件記事を作成し送稿したもので、右の点に取材上の過失があり、また、被告の編集者には、右浜野記者の作成した本件記事につき前記のような慎重な取材方法がとられたかどうかを確かめないまま、本件商品の製法や効能について誤つた印象を与える本件記事の前記説明部分を更に強調し印象づける「これで水虫『ナオール』」の見出しをつけて本件記事を掲載した点に、編集上の過失がある。

5  従つて被告は、被告の被用者である浜野記者が被告の業務の執行についてなした過失ある取材行為及び同じく被告の被用者である編集者が被告の業務の執行についてなした過失ある編集行為によつて原告が蒙つた損害につき、使用者としてその賠償の責を負うべきである。

五次に原告の蒙つた損害について判断する。

1  逸失利益

〈証拠に〉よれば、原告は昭和五〇年二月ころから本件商品の販売を始め、本件記事が掲載された同年七月頃は相当数の売上げがあつたこと、ところが、本件記事が掲載された直後、右記事を知つた得意先から本件商品がまやかし商品であるとして相次いで取引を停止され、このためそれまでの得意先のほとんど全部を失うに至つたことが認められる。

右営業上の損害について、原告は、本件記事報道直前にその後三ケ月間の販売予約として三一万三〇七七足、注文金額にして金六七四四万八四九〇円の予約を受けていたところ、本件記事のため右予約の一切が解約され、右販売による得べかりし利益金二〇四八万六九四〇円を失つたと主張し、〈証拠〉には右主張に沿う部分が存在するが、他にこれを裏付けるものがないうえ、〈証拠〉によると、本件記事が掲載されたのは被告新聞の神奈川版のみであることが認められ、同事実を併せ考えると、右符合部分も直ちに措信できず、他に原告が蒙つた営業上の損害を適確に算定し得る資料はない。しかし、その数額は算定できないものの、原告が営業上の損害を蒙つたことは否定できないところであり、この点は慰藉料の算定に際して斟酌することとする。

2  慰藉料

本件記事の報道によつて原告がその社会的評価ないし営業上の信用を著しく毀損されたことは既に認定したとおりであり、原告が蒙つた前記のような営業上の損害も無視することができない。しかし、原告が薬事法違反を犯して警察の捜査を受け、その事実が報道されたこと(この報道自体はさきに見たように違法ではない。)によつても原告の社会的評価ないし営業上の信用の低下を来したことは疑いのないところであつて、本件の場合は、原告が受忍すべき右適法な報道による名誉、信用の毀損がさらに増幅された点に特殊性がある。また、〈証拠〉によれば、原告は、一旦は倒産同様の事態に追いこまれたものの、その後徐々に信用を回復し、現在は防衛庁・警察庁など官公庁筋を中心に本件商品の販売を行つていることが認められ、これらの事情ならびに得べかりし利益喪失による損害を認めなかつた点等諸般の事情を総合勘案すれば、原告が被告の本件不法行為によつて、蒙つた社会的評価ないし営業上の信用の毀損に対する慰藉料は、金二五〇万円が相当と認められる。

六なお、原告は本件不法行為により失つた名誉を回復するため謝罪広告を求めているが、前述のとおり原告の信用は現在既に相当程度回復されていると認められるので、右慰藉料の支払のほか敢えて謝罪広告を命ずる必要はないと認められる。〈以下―省略〉

(小川昭二郎 魚住庸夫 市村陽典)

別紙(一)(二)〈略〉

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